紆余曲折

いろいろあった。

哀歌

 失踪の件についての説明と謝罪を述べに義両親と会った。嫁と娘は義兄とプールで遊ぶようで、2対1で話した。針の筵だった。

結論は「許せない」とのことで、理解はできるものだった。そこに至る過程が酷い侮辱のオンパレードだったことを除いては。

 

 謝罪の言葉を述べた後に言われたのは「そんな準備した言葉は聞きたくなかった」だった。驚いた。準備せずに行った方が良かったというのか。

吃音について触りだけ話すと「話すのが苦手なんか。それなら答案用紙でも用意してやろうか。勉強だけは得意だろ。なぁ?」と言われ、なんか小中学校で嫌がらせを受けていた時期が頭をよぎった。吃音の説明進めていくと「そんなの詐欺や!結婚する前に言えや。障害持ってんならもっと(結婚に)反対したわ」と言われた。娘に障害が見つかったら、ぼくを攻めそうな勢いの差別発言だ。続けて仕事が吃音で辛かったことを話すと「言葉話せない人がいるの知ってるか?その人たちは仕事就いとるやんけ。そんなこと言うのお前だけやぞ」とぼくが予想していた通りの言葉が返ってきた。この人たちは車椅子を使っている人たちに「足を切除されていないだけマシ」とでも言うのだろうか。その後もよく言われる「たった話せないことだけで」や「俺もそんなに(人前で)話すの上手くないわ」という言葉が続いた。これらは今まで何回聞いたことだろう。「治す気は無いんか」と問われたので「治らない病気なんですよ」と言ったら、「甘いわ、しょうもない。治す気も無いなんてどうかしてる」と言われた。治す手法を確立できたらノーベル賞とも囁かれているのに。

「クズ」だの「最低」だの挙句には「父親の代わりは山ほどいる」だの色々な罵倒を受けた後、親の悪口も言われ暴言は留まる所を知らなかった。「普通の親は」を連呼されたが、サンプル数1で言われても仕方がない。

最後には「そんなちっぽけなことで仕事辞めおって」と言われ、「お前の倍くらい生きてきたからわかるけど、そんなこと(吃音のこと)は小さいことやでほんまに」と続いた。健常者が一体吃音の苦労の何を知っているんだろう。25年間悩み続けたことは「ちっぽけ」だったのだろうか。ぼくの倍の年数生きたらぼくの苦悩の全てを理解できるのだろうか。ぼくはきっと、ぼくの半分しか生きていない小学生の苦悩の一端も理解できない。

昨日の大学同期で行ったBBQでも「研修そんなに辛かったの?」と聞かれた。死にたいくらい辛くなければ辞めはしないだろう。

 

 他人の苦悩を自分のものさしで測らないでくれ。