紆余曲折

いろいろあった。

能力

 学歴コンプレックスという言葉がある。Weblio辞書によると、「自身の学歴に対する劣等感を意味して用いられている語。自信よりも高学歴の人に対する嫉妬や、他人の学歴を必要以上に気にする行動などとして表面化することが多いとされる。」とのことで、受験終了時にこのコンプレックスを抱える人がよく見受けられた。6年も前の話である。

1つ年下・3つ年下・浪人などの19年卒のフォロワーが就活している様子や、18年卒の人々が次々に新生活の準備をして職について考えているのを見て、ふと「就活コンプレックス」という言葉は無いのだろうかと思った。受験という大きい壁に当たってコンプレックスが生まれるのなら、就活でもコンプレックスが生まれるのはありそうな話ではないか。

調べてみると、どうやら「就活コンプレックス」という言葉は無く、あまり認知はされていないが「就職コンプレックス」なる造語はある様子。少し気になったので、歯医者と市役所に行った時の待ち時間や子守の合間に検索をかけ、掲示板やコラムを1日中読んでいた。ちなみに、2週間前の転倒で欠けた前歯は2日後には仮歯を付けてもらえそうである。やっと前歯で食べ物を噛める。

 

 Core30・Large70・日経225という言葉をご存知だろうか。投資をやってる人には聞き慣れている言葉のようだが、ぼくは投資と無縁の貧民なのでもちろん知らなかった。Core30は東京証券取引所で取引されている銘柄のうち、時価総額が高い30銘柄で構成された株価指数のことである。Larege70・日経225も基準はよくわからないが、Wikiによると「市場の実勢をより反映する銘柄」が選ばれており、聞いたことのある会社が勢揃いしている。ニュースでよく聞く日経平均株価は、日経225を構成する銘柄で変動するようだ。

「就職コンプレックス」で検索していろいろなサイトを覗くと、この3種の指標を構成する会社に入ることが所謂「就活勝ち組」らしい。書き込みには「日経225の会社は全滅だった」や「Core30には必ず入りたい」といった、3つのワードがふんだんに盛り込まれた文章が多く見られた。

就活のゴールは自分に合った会社を見つけることなのに、肩書にゴールを設定している彼らは実に滑稽に見える。しかしそれはぼくの価値観であり、彼らの価値観では就活では肩書を得ることこそがゴールであるため、その価値観を笑うのは見当違いである。

価値観の議論は置いといて、悲しく思ったのが己の野心に見合った能力を持たない人のことである。Core30に入りたいと言いながらも、自分で紹介しているスペックが余りにも低い人の書き込みを見た際、得も言われぬ悲哀がぼくを襲った。

 

 世の中に不幸はたくさんある。天災に遭う、転倒して骨折する、受験に落ちる、血縁者の伴侶がヤクザ、温泉で服を間違われるなど小さいものから大きいものまで様々である。その不幸の半分くらいは偶然であり、もう半分は想像力の欠如から生まれる。

自己の能力を把握していないのは不幸そのものであり、慢性的に不幸を生み続ける。目標を掲げる際には、自分の能力をきちんと理解する必要があるのではないだろうか。達成されてこその目標である。

就活に必要なのは「自己分析」と言うが、ぼくもそう思う。ここでいう自己分析は自分が何に向いているか、何がしたいのかなどといったフワフワした分析ではなく、自分の能力の限界値を見つけることである。正しい結果は正しい分析にこそついてくる。〇社面接全落ちといった悲劇は、歪な分析から生まれるのだと思う。

『ピーナッツ』という漫画に「配られたカードで勝負するっきゃないのさ、それがどういう意味であれ」というセリフがある。人生における多くのイベントにおいては、適切なカードを適切な時期に切らなければならない。自分の能力の不知は、トランプゲームの大富豪(地域によっては大貧民)で、配られたカードを伏せたまま切るようなものである。大富豪でそんな愚かなことをする人はいないだろう。しかし驚くべきことに、受験や就活でそういうプレイをしている人間は数多くいる。彼らは一生カードを見ずにカードを切っていくのだろう。自分は無能であるという現実から目を背けながら。